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『モスクワの数学ひろば第2巻:幾何篇 面積・体積・トポロジー』.
日本の数学広場を!
監修の言葉
『モスクワの数学ひろば』シリーズ刊行にあたって
「数学は1つである.」
そうはっきり言われるようになったのは20世紀の初めになってからの話で,それまではむしろたくさんの数学があるように思われていたのです.
幾何や算術や,天文学や土木技術や建築や航海術などで,個々の1つだけの問題だけではなく,似たような問題に共通に役に立つ技能や知識などを集めたもの,いわば役に立つ公式集が数学だと思われてもいたし,今でもそう思っている人は多いかもしれません.
幾何にしても,ナイル河の氾濫の後の土地の再分配やピラミッドなどの建築のために発達した技術の集積から起こり,算術は収税や戦争の準備などのために,また物々交換よりも高度な商業活動のために大きな数の記数法や計算の仕方が整備されていく中で発達していったのです.
それが学問としての数学らしくなったのは古代ギリシャのことで,ピュタゴラス学派に触発されたプラトンが,知の構築のプロセスでその基盤に幾何学を置いたことに端を発しています.
その後,アレキサンドリアに古代地中海世界の知の集積が図られるようになり,ユークリッドはさまざまな学問分野を集大成した書物をたくさん残しました.
その中で特に成功し,2000年以上も殆どそのままで通用したのが,有名な『(幾何学)原論』です.
古代ギリシャ数学は『原論』だけで語られることが多いのですが,集成したときに取り残された面白い話題もあったのです.
しかし,近代になるまではそれらが系統立って語られることはありませんでした.
「数学は1つ」ですが,その現れ方には,時代により国により,また人により違う色合いがあります.
中国,インド,アラビアなどにも固有の数学があり,現在の数学に影響を及ぼしています.
日本の固有の数学である和算は,実用以上に,芸事として追究されたもの特有の極めて繊細な,そしてある意味奥の深いもので,また多く残っている算額には豊かな色彩があります.
また,ヨーロッパ数学にはニュートン以来の自然科学(への応用)に対する強い志向があります.
初等教育や一般社会への啓蒙活動に対する態度も,
地域の数学の歴史によってかなりの違いがあります.
日本では,明治時代に,当時としての完成された西洋数学を輸入したため,それまでの文化に根差していた和算の伝統が,学問としての数学の専門性から切り離されてしまいました.
専門数学は西洋数学が,初等教育や啓蒙活動の数学は和算や(西洋でも中世以降盛んとなる)レクリエーション数学が担うようになってきたのです.
第2次大戦後,初等数学と高等数学の間の間隙を埋めるような啓蒙書が日本でも多数出版され,多くの理科系的な魂を抱いた若者に刺激を与えた時期がありました.
実はそれらの本の多くはロシア語からの翻訳だったのです.
ロシアの数学は,他の西洋の数学とも東洋の数学とも肌合いが違っています.
18世紀の初めピョートル大帝が,フィンランド湾の最奥部,ネヴァ川の河口の湿地帯に新都を建設し,ヨーロッパのあらゆる文明・文化を移しかえた,そのことから始まったのです.
明治期の日本が文明の輸入のために言文一致運動を必要としたように,皇帝主導ですが近代ロシア語もその頃やっと成立して行くのです.
大帝の死後,オイラーがサンクト・ペテルブルグに招かれ,ほとんど独力でアカデミーを作り上げました.
オイラーは,微積分から力学,さらには代数まで,当時の数学を応用上必要な限界まで発展させ,その死後「もはやオイラーの業績を研究すること以外になすべきことはない」とまで言わせた人です.
数学の多くの応用も行いました.
国の地図を作り,水車の製造,運河の改修工事,宝くじの運営,庭園の周りの石壁の築造など,皇帝や王のあらゆる要求を満たしていったのです.
そして,必要ならば,それに必要なだけ数学自体を発展させたのです.
ロシアの数学は,いわばそのオイラーの直系なのです.
その後,20世紀での社会主義的な理念とも相乗して,ロシアの数学は,応用面の重視というより,社会への貢献が数学の存在意義であるという理念をもって発展してきました.
そして例えば,人工衛星や有人宇宙飛行も世界で初めて成し遂げるまでになったのです.
若い才能を育てるときに,数学を教育することの重要性が強く意識され,初等・中等教育においても(時代の最先端の)高等数学との関わりを見失わない教育や啓蒙のあり方が重視されてきました.
例えば,モスクワ大学の力学数学部(ロシアではメフマートという愛称で呼ばれている)では,1934年から高校生向けの公開講座が開かれ,コルモゴロフ,ゲリファント,ポントリャーギンはじめ多くの(今では)伝説的な数学者の講義が行われてきました.
それらの高校生向けの講演の記録や書き下ろしからなる叢書もいくつかあって,それらが日本にも紹介されたのです.
ソヴィエト連邦の崩壊とともにその伝統が失われ,世界の数学に多くの実質を与え続けてきたモスクワ数学の担い手たちが職を求めて世界中に散らばってしまいました.
しばらくして,数学自体の伝統と,数学者を輩出してきたシステムの復活を企図して,
モスクワ数学の黄金期を体験した数学者と物理学者(自然科学者)が,ヴォランティアで
モスクワ独立大学を設立しました.
この経緯については,数学セミナー2005年1月号に,このシリーズの訳者でもあり,独立大のスタッフでもあった田邊晋氏の記事があります.
この新しい啓蒙活動の成果が,モスクワの生涯教育活動の一環として,モスクワ独立大学の出版局から,「数学啓蒙」文庫シリーズとして出版されています.
1999年に第1巻が出版されてから,現在まで29冊が刊行され,今後も継続して出版されていくでしょう.
内容は数学に関するもの26冊の他に,物理(2冊)や地球科学(1冊)に関するものがあります.
各冊の分量は薄いパンフレット程度で,16ページから48ページまでまちまちです.
述べ方のスタイルもさまざまで,予備知識がまったくいらず厳密に組み立てられているものもあれば,厳密性などどこ吹く風で華麗で豊かな数学的世界のガイドブックというようなものもあります.
それは,実質的な数学があれば細かいことは気にしないという,ロシア数学のおおらかさでもあります.
メフマートでの公開講座は1990年代初めに中断されましたが,1999年の秋にメフマートやモスクワ大学生涯学習センター(組織としては独立大はこのセンターの一部)が参加して,ミニ・メフマートとして再出発しました.
ほとんどが大学入学前の生徒(7年生から11年生;9-11年生が日本の高校生に当たる)に向けて,講演や演習込みの講義が行われています.
このシリーズの内容は,多くはその記録に基づいています.
他の地域で行われた同種の講演で,評判のよかったものも取り上げられています.
古代ギリシャのアテネのアゴラ(広場)で,碧い空の下で公開で議論しあったことが人類の知を創造したように,
モスクワの数学ひろばで本物の数学が語りあわれているように,日本でも若者が本物の数学を語りあえる「広場」があって欲しいものです.
そう考えて当時日本評論社におられた横山氏に相談し,また安藤,武部,田邊の三氏に呼びかけ,
「数学啓蒙」文庫シリーズからテーマごとに数冊を選び出し,
「モスクワの数学ひろば」という名のシリーズとして刊行するというプロジェクトを進めることになりました.
多少の曲折はありましたが,やっとこうして実現したことは本当に嬉しいことと思っています.
ロシア数学の伝統からも独立大学の精神からも,高校で教えないことには触れないというような規制はまったくありません.
面白くすばらしい,本物の数学がここにはあります.
日本とロシアでは高校までの数学のカリキュラムが異なっている部分も少なくなく,仮定されている予備知識が,日本ではなじみがないこともあるので,
必要と思われる予備知識や,簡単にしか触れられていないが興味深いテーマについては,追加したり補充したりして,独立した読み物になるようにしました.
各巻の担当訳者による前書きには,それぞれの巻の全体のテーマとそれに含まれている各冊の概説や,読み進む上での注意などがあり,%(日本の)高校でのカリキュラムとの関係や
数学全体の中での位置づけなども述べてあります.
「続けて勉強する人のために」として,発展課題を独学することができるような書籍の紹介や,今後の学び方についてのアドバイスも付け加えるようにしました.
また,数学が,単に教科書で見られるように,堅牢だが無味乾燥なものだというような誤解を解きほぐすことの役に立つように,各巻に登場する人物に簡単な個人史を付して,人名索引としました.
数学者も多くの過ちを犯す普通の人間であり,だからこそ数学は素晴らしい,そう思っていただきたいと思うのです.
人名索引のテキストは原則として,監修者がこれまで他の著訳書のために用意したものを基にして,監修者が作成しました.
今回のものに合わせて調べ直したり,新しく調べたものも少なくありません.
現存の数学者についてはかえって情報が見つかりにくいこともあり,またプライヴァシー保護の問題もあって,統一のとれた記述にはなっていません.
興味を持ってインターネットで調べれば,新しい情報が得られるかもしれません.
前にも述べましたが,1冊ずつが薄いので,2,3冊ずつ似通ったテーマのものを選んで1巻の本とすることにしました.
全部を同時に読まなければいけないわけではありません.
それぞれの1冊を,ざっと通読してもいいし,証明を自分でつけるように頑張るのもいいでしょう.
何度も読み返して味わうこともいいし,ほかの1冊を手にとってもいいでしょう.
そこにはまた別の数学があなたを待っています.
どういう読み方をしてもいいのです.
この多様なシリーズを読み進んでいけば,きっと改めて数学が1つであること,
そして,数学の豊かさや深さを実感していただけるでしょう.
日本の色々な場所でできるだろう(と期待する)「数学ひろば」で,1冊分をテーマとしたいという希望があれば,分冊することも考えてもらっています.
また,「ひろば」の活性化のために役に立つのであれば,訳者たちにもお手伝いできることがあるかもしれません.
このシリーズを通して読者に感じて頂きたいことは,
分かることの楽しさと,分からないことを考えることの楽しさ
です.それを味わうことは,何を専門とすることになっても,きっと役に立つことでしょう.
それでは,お楽しみください.
2006年1月
蟹江幸博
モスクワ数学のひろばの他の巻

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